東京高等裁判所 昭和25年(う)3357号 判決
記録を精査し、所論引用の各証拠その他すべての証拠を検討すると、所論の中、被告人両名が昭和二十四年三月二十九日朝当時の被告人小池信春の居宅である東京都世田ケ谷区太子堂二百九十一番地から連立つて外出し、同日午前九時三十分頃被告人小池が同都港区赤坂青山四丁目五番地地下鉄外苑前駅入口附近でモーニング一着外衣類八点を風呂敷包にして所持していたこと、被告人小池は同所で司法警察員巡査山口菊治の職務質問を受け、所論のように竹内祐当から委託を受け叔母の黒木武清方迄運搬中であると申立て言語態度があいまいであつたので、他の巡査によつてその真否を確めたところ、嘘であることが判り、一方同被告人は煙草を買いに行つて来るといつて右山口巡査を欺し、右の荷物を置いて、自宅へ逃げかえつたこと、右風呂敷包の内容は穴沢のネーム入りのモーニング一着外女物衣類等で明かに同被告人並に被告人柴田以外の者の所有に属するものと認められること、被告人小池はその供述態度に前後矛盾、供述の変更を行つたことは認められるが、各証拠を通覧すると本件起訴事実たる被告人柴田と共謀の上右日時省線日暮里附近の省線電車内で、住所氏名不詳者の所有に係る右衣類等を盜んだ事実中犯罪の場所が新橋駅附近であるという外これを認める趣旨の供述を続けていること、被告人柴田は当初から本件起訴事実を否認しているが、右日時被告人小池と大体行動を共にし、被告人小池が職務質問を受けるのを見て単独で、前記被告人小池の自宅にかえつた事実が推測できること、被告人両名について、被告人小池の前科又は被告人柴田の従前の警察における取調の事実があつたこと等が夫々認められる。
然るに原審は「被告人小池は原審公判廷で一応その通り相違ないと述べているが同被告人の逮捕以後公判廷迄の公訴事実に関する供述を検討するとその内容は一貫せずその中被告人等が本件公訴事実につき有罪と認めるに足るべき措信すべき供述は見出し得ない。又被告人柴田広は公訴事実を否認して居りその他の証拠によるも本件公訴事実を認めるに足る証拠がない」として被告人両名に対し無罪の言渡をしたことも亦所論の通りである。
よつて案ずるに、もとより、証拠の採否は原審の自由心証に任されているところではあるが、自ら一定の合理的な限界があるものと解すべきものであつて、右の合理的な限界を超え経験則に違反した証拠の採否をした場合においては、採証法則に違反し延いて事実誤認を来たしたものというべきである。原審の証拠の採否について検討すると、被告人小池の本件起訴事実に対する公判廷の自白(犯罪の場所について異つているが、犯罪場所の相違は特段の事情がない限り、公訴事実の本質的部分を為すものでなく、同被告人の自白を以て本件窃盜の公訴事実の自白であるとするに何等の妨げもない)は、極めて有力な証拠であるというべきであり、これに前記のように氏名不詳者ではあつても、被告人等以外の他人の所有と認むべき物品が現存し、且これを被告人小池がその窃取したと自供した時間の直後に所持していて巡査から職務質問され、その答弁が虚偽であることが判明したこと、同人の正当の所持に属する理由が明確でなく、従つて、犯罪によつて得た物品であることの疑が極めて濃厚であつたこと、被告人小池は職務質問後巡査をだまして自宅に逃げ帰つたこと、被告人両名は当日同一の行動をしていたことが推測されること等直接証拠ではないにしても極めて有力であると考えられる間接証拠乃至情況証拠があつて右公判廷の自白を補強して、本件公訴事実は犯罪場所を被告人小池の供述の如く変更してこれを全面的に認めるに足るものと解せられる。然るに原審は被告人小池の逮捕以後公判迄の供述の変更があつたことを理由として右公判廷の自白を措信できないとしているが、右逮捕以後公判廷迄の同人の供述調書の内容も細かに検討すると、前後に供述の変更、矛盾撞着もないではないが、その変更、矛盾撞着はさして本質的なものでなく、前記説明のように、公判廷の自白と併せ考察すると、結局公判廷における自白に至る経過を明かにし、これを裏付けるものと見られるのであつて、原審が右のような供述の矛盾を根拠として公判廷における自白を排斥したのは、証拠の採否における合理的な限界を超え経験則に違反した違法があり、延いて、事実の誤認を来したものといわなければならない。